元プロ野球で選手で、そのパフォーマンスが記憶に残っている森本稀哲選手が
本日、9月3日放送の「しくじり先生」に出演するそうです。
そこで森本選手について調べてみると、小学生時代に突然、髪の毛が抜けてしまう病気
汎発性円形脱毛症かかり、現在ではほぼ完治していることが分かりました。
では、なぜ現在も森本選手はスキンヘッド何でしょうか?その理由が深い!
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森本稀哲 プロフィール紹介!
まず森本稀哲選手のプロフィールを紹介します。
元プロ野球選手・森本稀哲が新庄剛志に憧れるあまり自分を見失った過去を激白『しくじり先生』 https://t.co/tMcwYf6V0B #森本稀哲 #三浦大輔 #しくじり先生 pic.twitter.com/WgVrmuJ96w
— music.jp (@musicjp_mti) 2017年9月2日
名前:森本 稀哲(もりもと ひちょり)さん
国籍:日本
出身地:東京都荒川区
生年月日:1981年1月31日(36歳)
身長:185 cm
体重:81 kg
森本選手は帝京高校に進学すると、主将で遊撃手として、
高校通算34本の本塁打を放つなど活躍。
1998年度ドラフト会議で日本ハムファイターズから4位指名を受けて入団すると、
当初は内野手(三塁手)でしたが、その後外野手へ転向します。
その後は、代走や守備要員で試合に出場。
2005年に打撃が向上し、初の100試合出場で打率.264、7本塁打を記録しました。
2007年には前年限りで引退した新庄選手の意向で森本選手が
新庄選手がつけていた背番号1を継承し、主に新庄が就いていた中堅手に定着します。
しかし2008年にデッドボールを受け、左手小指を骨折し
戦線離脱すると、その後はポジションを奪われてしまい、なかなか思うような
成績が残せずにいました。
その後、森本選手は2010年にFA権を行使し、横浜DeNAベースターズに入団
しかし、2013年に戦力外通告を受けます。
その後、埼玉西武ライオンズの秋季キャンプにテスト生として参加し、
2013年11月19日にライオンズへの入団が発表されました。
ライオンズ入団1年目は99試合に出場し、一定の成績を残しましたが、
2年目は、2軍生活が続き、その年の2015年に現役を引退しています。
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森本稀哲 嫁(画像あり)はモデルで美人だった!
森本選手は2012年にモデルの女性と結婚してます。
森本選手のお嫁さんがこちら
@kiakia791 森本稀哲の嫁の方が、リアリティがある衝撃だった。 pic.twitter.com/bmwAMr4hb7
— sawamura
(@tokigawa728) 2013年11月8日
お名前は『悠美(ゆうみ)』さんと言うそうで
175センチの長身を生かし、モデルや化粧品のCMでも活躍していた方のようです。
悠美さんは、森本選手の2歳年上の姉さん女房で
2人は2014年に長女を授かっているそうです。
森本稀哲 病気(汎発性円形脱毛症)はほぼ完治!スキンヘッドの理由が深かった!
森本選手の特徴といえば、その選手の特徴の一つといえば
そのスキンヘッドの頭ですよね。
森本選手がスキンヘッドにしている理由を調べてみると
深い理由があったので紹介したいと思います。
森本選手は小学生の時に
『汎発性円形脱毛症』と言う病気にかかったそうです。
この『汎発性円形脱毛症』という病気について調べると
汎発性脱毛症は自覚症状がないまま発症します。
ある日突然、頭にコイン大の脱毛が起こり、早い段階で眉毛やまつげ
陰毛などのあらゆる体毛が抜けていきます。そのため、全身脱毛症とも呼ばれています。髪が抜け落ちる以外の症状としては、軽いかゆみや違和感、脱毛部の皮膚が赤くなる、
爪に小さな凸凹ができることもあります。
(めんずスキンケア大学HPより)
と書いてありました。
森本選手は引退会見の時に、こんなことを語っていました。
病気で髪が抜けてしまう苦しい少年時代だったけど、
野球を始めてホームランを打ったりすると、周りが認めてくれた。
野球は平等なスポーツ。自分に自信をつけさせてくれた。人生で、最も大切なもの
幼少期に髪がなくなるということは、想像するだけでも
辛かったでしょうね。そんな森本少年を救ってくれたのが野球だったんですね。
森本選手は現在はほぼこの病気を完治しているそうですが、
「当時の苦労を忘れないように」「同じ病気で苦しむ人に勇気を与えるために」
と、毎日自分で剃刀を当ててスキンヘッドにし続けている。
自らスキンヘッドにしていたんですね。
そのとても深い理由に、とても感動しました。
今日、放送の「しくじり先生」では、一体どんな話をしてくれるのか楽しみですね。
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